LOG IN

ゲンバビト

by 加藤 130

スピンオフ第七話

2年間買わない理由

ウチの舗ってのは、いわゆる一見のお客さんが入って来にくい

鰻の寝床って言って

奥に長細くなっているから

お客さん側からしたら

(何かしらの覚悟)を持って入店しなくちゃ、入りにくいなと

売る側の立場からの僕からしてもそう思う。

(のっそり)と入ってきた

そのオトコは全身アメカジで

ウチのテイストとは全く違う格好をしていた。

「こんにちわ」と言うと

ぶっきらぼうに相槌を打つ

お客さんってのは

(喋りかけてくるなバリア)を放つ

それを肌感でビンビンに感じられねえ店員は

たちまち(ウザイ店員)とジャッジされる。

少し見守った

色々な服を手にしては

独り言を言って

最後(ぺこり)と頭を下げて帰ってゆく。

(まあ、うちのテイストとは合わないんだろうな)そう思い

1週間が過ぎた

そしたら、またそのお客さんがやってきた、(こんにちは)と挨拶するが

(ペコリ)と頭を下げるだけ

(デジャブだなこりゃ)

先週と全く同じルーティンをこなし

帰っていった。

僕は、考えた

(喋りかけるなオーラを放つ割には

何故あの人は、ウチの舗(ミセ)に来るんだろう?)

また1週間が経った

10坪の狭い舖だ

見るモノも

1週間で変わることはない

いよいよ不思議に思った

服屋の店員の常套手段(じょうとう)

ゴソゴソと服をたたむ(フリ)をしながら、様子を伺うが

全く隙がねえ

またペコリと頭を下げて帰ってゆく

僕は、週一回来店してくれる

(買わないお客さん)に興味を持った

(ここまできたからには、理由を探ろう)

服屋ってのは、(いらっしゃいませ)

(ご試着いかがっすか) (お手にとってご覧ください)そんな暗黙の了解のマニュアルがある。

まあ、キッカケ作りってやつだ

でもさ、お客側からすると

「うるせえよ、興味あったらこっちから話しかけるわ」と思ってる

それは長年の経験の勘で

僕はその言葉を封印している

さて、今日も来るかな

毎週金曜日の昼過ぎに必ずくるので

僕は、その買わざる客を、いつの間にか待つようになった。

店員とお客さんの間にはさ

見えない(ピーンと張り詰めた糸がある)その糸をどう切るか?

それが僕の仕事だと思っている

そうだな、服を売るのじゃなく

(糸を切るんだ)

今日も来た

「こんにちは」

ぺこり

(イツモノニチジョウ)をどう

(イツモジャナイニチジョウ)に変えるか?

今日こそ変えてやるぜ

「アメカジ好きなんですか?」

「ええ、好きです」

「僕なんて、若い頃

ディッキーズのチノパンをインチアップしてた程度で全くアメカジ

からないんですよね」

「そうなんですか?アメカジは楽しいですよ、古着も好きなんです」

初めて糸が切れかける

「あ、でもリーバイスの501のヴィンテージは好きです」

ちょいと仕掛けた

「へえ、いつの時代が好きなんですか?」

「それが年代に疎くて

見た目だけで判断してしまうんですよ」

「ほう、501のヴィンテージは

ダブルエックスが名品ですね」

「あ、聞いたこあります、そんなに良いんですか?」

「今度履いて来ましょうか?」

「是非」

この人のワールドに自ら飛び込んだ

(知らないふり)をして

この人から会話を引き出そう

「では」

「はい、また来週」

今日はここまでだな

そして1週間後

少し照れながら、その人は

501を履いてきてくれた

「うわ、格好いいですね

その501」

「そうですか?僕の宝なんですよ」

「おいくらくらいするんですか?」

「それは秘密にしておきます」

そのお客さんは少年のような目をして

ニコっと微笑んだ

(プツン)と双方の糸が切れた

「僕はカトウと言います

お名前教えてもらって良いですか?」

「タカハシと言います」

「タカハシさんのアメカジの着こなし

めちゃくちゃ好きですよ」

「僕もカトウさんのイタリアな着こなし好きですよ」

「なんか、オトコ2人で褒め合いみたいでちょっと気持ち悪いですね」

悪戯に笑うと

タカハシさんも

「そうですね」と釣られて

無邪気に笑った

だけどさ、タカハシさんは決して

ウチでは買わないんだ

僕はそれで良かった

だって、こんな入りにくい舗に

毎週決まった曜日に来てくれるんだぜ?

それだけでも有難い

喋り相手が欲しいのか?

そんな上から目線じゃなく

純粋にタカハシさんの知識や雑談が

楽しかったのさ。

気づけば

2年が経っていた

もう、互いにリスペクトを込めた

(タメ口)で信頼関係が

深まっていた。

いつもの日が来た

「カトちゃん、今日はね

スーツを作ってもらいたいんだ」

僕は、キョトンとした

「スーツ?タカハシさんが?」

「ああ、ちょっと大事な

結婚式に呼ばれててね

スーツならカトちゃんからって決めてたから」

アドレナリンが駆け巡る

「マジ?タカハシさんは僕と喋りに来てくれてるだけやおもてたのに」

「いやいや、スーツ貯金しててさ

俺さ、人見知りで、あんま金も無いし

その割には高いヴィンテージが好きやからコツコツ貯めててん」

「なんか、めっちゃ嬉しいやんか

いや、相当嬉しいよ」

「こっちこそ、嬉しいよ、嫌な顔一つせずにさ、ずっと話し相手なってくれてるやんか」

「いやいや、タカハシさんと喋ってたら僕も楽しいし」

「俺は、この舗落ち着くねん

毎週ここに来るのが楽しくてね」

「ありがとう」

感無量だよタカハシさん

「50万貯めたから、ゼニアの生地で

スーツ作って、あとシャツとネクタイと靴下とベルトと・・・あと

このハインリッヒと」

ハインリッヒとは

ドイツの靴で、知る人ぞ知る

職人の手作りで

フルネームは

ハインリッヒディンケラッカーと言う

名前からして気高くそして無骨で繊細な靴だ

「え?五十万??」

「足りへんかなあ?」

「まさか?充分足りるよ、そんなに貯めてくれてたん?」

「2年かかったわ」

「ごめんな、ずっと買われへんで」

僕が若かった頃

ずっとタダ飯を

食べさせてもらっていた

食堂ふる里の大将を思い出した

「おめえが俺にカネ払うなんざ

百年早いんだよ」

絶対にカネを受け取らなかった

(あの人)が亡くなってからも

ずっと気になっていた

娘の結婚式に

祝儀という名のツケを払わせてもらった。

接客していて感極まるのは初めてで

タカハシさんを採寸するのが

嬉しくて仕方がなかった

ゼニアの生地であつらえた

スリーピースと

シャツ ネクタイ ベルト 靴下

そしてハインリッヒ

「タカハシさん、50万もいかないよ40万でお釣りくるよ」

「え?10万も?」

「ああ、ウチは明朗会計やから

オプションで値段を釣り上げたりせえへんしな」

笑いながら

お釣りを10万と少し渡した

「カトちゃん、じゃあこの10万は次もこの舗で使うよ」

「嬉しいなあ」

一ヶ月後

スーツが完成した

「めちゃくちゃ似合うやん、アメカジもええけどたまに着るスーツもええやろ?」

「ほんまやな、別人みたいや」

「カトちゃんありがとう」

「いやいや、こちらこそありがとう

ほんまにめちゃくちゃ嬉しいよ」

「このまま帰るわ」

「え?結婚式に着ていかへんの?」

「着ていくけど、今日も着たいねん」

「ほんまか、汚したらあかんで」

「ああ、ありがとう

じゃあ、また来週」

「また来週」

僕はタカハシさんの背中が

(見えなくなるまで見送った)

インターネットってやつが普及してしまって、僕ら服屋はバツが悪くなってる、だってさ画面越しに同じ商品が

定価よりも安く買えるんだぜ

クリックなんかに負けてちゃいけねえ

僕らはお客さんとの絆を大切にしているんだ、画面越しで絆が芽生えるかい?

芽生えるわけねえよな。

タカハシさんと僕の

2年間の絆は

スーツと全身コーディネートに変わり

あれから数年経った

え?タカハシさん?

今でも買ってくれる

上顧客さんだ。

OTHER SNAPS