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ゲンバビト

by 加藤 いさお

スピンオフ

愛と哀 中編

本当に引っ越してきたユースケは

大阪の下町 芦原橋というところに

ワンルームマンションを借りたらしい

なんせ一日で引っ越し先のマンションを決めたので

地域の治安や利便性などは無視して

家賃の安さと風呂トイレ別かが

奴の決め手だったらしい

「芦原橋ってさ、ケンタッキーあるやろ?」

「はいあります」

「良かったな、ケンタッキーあって」

「はい、良かったっす」

「あとはなんかある?」

「今のところ無いんですよね」

「まあ、九条まで出たら

イオンあるし便利といえば便利やな」

「そうなんですか、イオンあるのは

心強いです」

そんな人懐っこい笑顔で

僕を見た

(ああ、こいつの武器はこの屈託のない笑顔だな」

ウチの会社の最初のミッションは

(お客さんに慣れる)ことから始まる

阪急メンズ大阪という

大阪では名の知れた箱に

ウチの舗(みせ)もあり

そこは新規客の入店も多いので

まずは(現場に慣れる事)と

新人は阪急に派遣される

その前に

一度彼のコミュニケーション能力を

見たかったので

僕の立つ舗に初日の彼をぶつけた

自称、某コーヒーSHOPでリーダーを務めていたと言っていたので

僕も少し楽しみだった

「ユースケ、接客はお客さんと僕らの見えない緊張の糸を切ることからはじめなきゃならねえ君が働いていた

コーヒーSHOPもそうだったろう?」

「はい」

「じゃあ、次お客さんが来たら

声かけてみ」

「はい、頑張ります」

一人の新規のお客さんが入ってきた

彼はまた人懐っこいあの笑顔で

「いらっしゃいませ」と言う

その後に出た言葉が

「おにいさん」だった

現場の人間が、新規のお客さんに

おにいさんと馴れ馴れしく呼ぶ彼に

僕はあっけにとられた

お客さんが帰った後に

「初めて会う人におにいさんと呼ぶのは失礼な事だと思わないのかい?」と

尋ねると

彼は不思議そうに

「たしかに・・・・」と僕を見た

「君はコーヒーSHOPでもそう呼んでいたのかい?」

「いえ、あまりそういう

会話をしてこなかったので」

こいつは骨の折れる奴だと僕は

直感したが

雇った縁はナニカある

僕は彼から

絶対にナニカを感じたから雇ったんだ

そう無理矢理言い聞かせ

彼を阪急メンズ大阪に派遣した

阪急メンズ大阪のスタッフには

アパレル歴十年以上の

ベテラン

ヒデキとナオキって奴がいる

特に

ヒデキはヒロミチと同じ

この会社の立ち上げ組で

付き合いも二十年が過ぎようとしている、過去、奴とは友人同士だった

七年前・・・・

「なあ、ヒデキ」

「どうしました?」

「俺は、会社立ち上げるよ

個人事業主やめてさ」

「功希さんに付いて行って良いですか?」

「あ?何言ってんだ

一緒に仕事したら、俺の嫌なところや

おめえの嫌なところを絶対に見なくちゃならねえ、俺はおめえとはそういう

関係でいたくないねん」

「分かってます、それでも一緒に

やりたいです」

グッときた

誰かに頼られている

誰かと一緒になにかをする

志という終着駅に

全力で向かう同志がいる

「友達関係無くなって

上司部下になるんやで?

俺は演技でもおめえを怒る時も

必ず出てくる

それでもええのか?」

「はい、覚悟してます」

あれからの縁だ

そんな頼もしいヒデキそしてナオキに

ユースケを預けて一年が過ぎた

その間に

他のスタッフから

ユースケは物覚えが極端に悪く

教えてもすぐに忘れてしまう

一年経っても

オーダースーツ一着も取れないし

顧客さんも居ないという

ネガティブな意見を聞いた

だけどさ

一人で大阪に来てるんだぜ

あいつはどんな覚悟で

ウチで働きたいと思ったんだろう?

孤独は人を強くするはずだけどな

と仕事の帰り道、天を仰いだ

翌日の仕事終わり

スタッフのコーヘイに

「なあ、ユースケの事どう思う?」

と直球で尋ねた

コーヘイも元々お客さんで

流しのオーダースーツの仕事の修行後

ウチに入ってきてくれた奴だ

そうなのだ

ウチの会社は

外部募集から入った奴が

一人も居ねえ

皆、何かしらの縁で

この会社の事や僕の事を知り

入社してきてくれた奴ばかりだ

だからこそ

ユースケも

「そういう奴だ」と僕は信じていたが

如何せん結果がついてこない

「ユースケは正直

ウチに向いていないのかも知れません

教えてもすぐに忘れますし」

「なあ、コーヘイ

お前は思いやりのある奴やけどな

ちゃんとあいつの事見てやってるか?

飯に誘ったことや

真剣に叱ったことがあるか

あいつの事を知ろうと思った事があるか?」

「すいません、正直無かったです」

「俺からしたら、あいつを孤立させてしまっているお前らは

目に見えないイジメをしているようにしか見えないけどね」

「決してそんなつもりは無いです」

「ああ、分かってるよおめえらはそんな奴らじゃねえ、でもな上司なら

もっと向き合ってるのかって?

俺は思うのさ、おめえにできた

初めての後輩だろ?部下だろ?」

「そうですね、おっしゃる通りです

ご飯誘ってみます」

僕は、ウチの会社の奴らの

こういう素直なところが好きだ

こいつらは

自分の非をすぐに認めて

すぐに修正して

そして実行する。

(そしてユースケか・・・・)

ここは自分の仕事だな

彼を事務所に呼び

初めて(二人で)話をした

「なあ、ユースケ

お前この仕事向いてねえよ」

「・・・・・」

「なんで大阪に来た」

「ヒロミチさんの接客に憧れて・・・・」

「ああ、それは分かってるよ

でもな、お前は何かしらの覚悟を持ってこの会社に、大阪に来たのじゃねえのか?」

「はい」

「何が辛い?」

「自分でもわかりません」

(そうだよな

分かってりゃサジを投げててもおかしくない)

「一年経って顧客さんも居ない

スーツを取ろうともしない

お前、何ビビってんねん?」

ビクんとユースケの肩が動いた

初めて聞く僕の大声に

萎縮していた

だけど僕は続けた

「辞めたいのか?」

「本当に本当に自分でもわからないんです、こんなはずじゃ

自分でもこんなはずじゃ」

「それはな、泣き言や

こんなはずじゃなかったって思う人間は自分のできること全部やってから

気づく事や

お前はそんなちっちゃな壁を壊す前から諦めてへんか?」

対面の仕事ってやつは

厄介なもので

誰もが、彼のような壁に必ずぶち当たる、だけどこればかりは

己の見えないハンマーで叩き壊すしか無いのだ。

小さなハンマーでコツコツ壊すやつ

巨大なハンマーで一撃で

ぶち壊すやつ

気づいたかい?

これが(個性)なのさ

「ユースケ、売り上げを追

いかけるから売れないんやで

何故ならお前はお

客さんを愛していないから

この人にこんな格好してもらいたい

こんな話をしたい、それだけで良い

売るってのは物を売るのじゃなく者を売るんや、なんとなく分かったか?」

「はい、わかりました

本当にわかりました」

「当面売る事を考えるな、話すことを考えてみ、お前はさ

根性もあるし優しいし

絶対人に愛されるタイプや

俺は、密かに期待してる

友達もいっぱい作って

人生楽しまな損やぞ

自分で抱え込まんとしんどい時は

あいつらに相談したらええねん」

相変わらず

肩を震わせるユースケを

何故か僕は思いっきり抱きしめ

「今までしんどかったな」

と背中をポンポンと叩いた

子供が泣きじゃくるように

奴は声をあげて泣いた

(ま、これで大丈夫だろ)

何故だかそんな気持ちになった。

コーヘイが

翌日くらいに僕に言った

「ユースケと飯行ってきます」

「ああ、行っておいで」

壁を壊す同志が

周りに一杯いることに

ユースケーは気づくだろうなと

心が晴れた

そしてボソっと呟いた

(あいつ泣きすぎやろ)

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