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ゲンバビト

by 加藤 いさお

第一章 挫折 

第一話 ガラスのハートを鉄に変える

僕は軽く目を瞑ると

時空をねじ曲げる癖がある

今まで経験した 苦い思い出や

甘酸っぱいあの気持ち

小さな成功体験や

挫折

様々な

「あのシーン」に

瞬時に飛ぶ事ができる

「今日はどこに飛ぼうか?」

と 現実逃避するように

目を瞑った・・・・

神楽坂に

リミッターという

ライブハウスがある

百五十名程収容できる

小さなハコだが

僕はこのハコが気に入っている

ブッキングマネージャーの

後藤さんが

キュートな笑顔で

「今日のワンマンがんばってね」

と僕ら四人に喋りかける

丁度リハを始める前で

「任せといてよ」と僕は

緊張とこみ上げるアドレナリンを

制止して

余裕ぶってみせた

ギターの

トモヨシが

「ねえ、リハ終わったら

運試しにパチンコ行かない?」と

いつものように肩を組み

誘ってくる

「いいね」と僕も

肩を組み直して

いつものように頷いた

ワンマンライブなので

持ち時間は九十分

僕らのバンド

「Error」は結成して一年にしては

人気があり

ファンも日に日に増えてきて

対バンも

人気のあるバンドの日に

ブッキングされるようになった

後藤さんが

「ワンマンやってみない?」と

声をかけてくれたのが

2ヶ月ほど前の十月だった

願ってもないチャンスと思い

自称リーダーの僕は

メンバーの意見を聞くまでもなく

二つ返事で「やります」と答えた

リミッターの屋根裏部屋のような

狭い事務所を出て

階段を降りて

僕はトモヨシに

「ワンマン決まったよ」と告げた

「うそ?もうワンマンできるの?」

と、トモヨシは 驚きで

大きな目を丸くした

トモヨシの顔立ちは

誰が見ても

「ハーフですか?」と聞くくらい

アジア人には見えなかった

僕は未だに奴は

アメリカ人とのハーフだと思っている

それくらいルックスが良く

気立ても良い

そして女の子にもよくモテる

「どうしたの?」とベースのタクと

ドラムのアツシが

何かを察知したかのように

会話に入ってきた

「ワンマン決まったよん」と

僕は二人の肩に手を回し

喜んだ

二人も トモヨシと同じく

目を丸くした

それだけ

僕らにとっては快挙な出来事で

そして「たまらなく」

誇らしい気持ちになった

「じゃあ来週の、火曜日も

マーキーで!」と

彼ら三人と別れた

マーキーとは高田馬場にある

スタジオの事で

僕らは週二回そこのスタジオで

練習をしている

西武新宿線の急行

本川越行きに乗り込み

僕は心躍らせながら

30分ほど電車に揺られ

アパートのある久米川駅に着いた

帰りの途中

行きつけの食堂

ふるさとに寄った

オヤジさんが

「生姜焼き定食かい?」と尋ねるので

「そうして」と返事した

このオヤジさんに

僕はタダで

飯を食わせてもらっている

出会いは上京してきた直後だった

花の都に来たのは良いが

仕事もなく

カネも無い

頼るところは

先に上京した先輩のコネクションだけだったが

住む家を紹介してくれただけで

後は連絡を取っていない

後で知った話だが

この久米川駅は

東京二十三区外の東村山市にある多摩地域に所在している

志村けんがこの町出身な事だけは

世の中で有名だった

電話番号も当然のように

市外局番0⒊さんからはじまらず

0423からはじまる

僕の地元

大阪の北摂地域箕面に似ている

「東京と思ってたのに埼玉すれすれで

地元みたいやなあ」と僕は

親切で紹介してくれた

先輩にも苛立ちを感じるほど

心に余裕がなかった

しかも、このアパート

西武多摩湖線という

なんともローカルな線路沿いの

一階にあり

電車が通るたびに家も揺れる

最初の一週間はその音で飛び起きていたが

人間は適応能力に長けているのか

僕が鈍感なのか

「さほど」気にならなくなった

土地勘が無い上に貧乏な僕は

ハンバーガーショップの

一つ百円というなんともありがたい

価格破壊に胸が躍り

毎日「ソレ」を食べて

飢えを凌いでいた

とある時

全身に湿疹ができて

「これはただ事じゃない」と、病院嫌いの僕が

自ら近くの皮膚科の門を叩いた

「あ、これは栄養失調だね

その歳でなるなんて珍しいよ

ちゃんと栄養あるものを取りなさい」と説教された

「カネがねえんだよ」と心の中で呟いて

病院を出た

さて、どうしたものか、と

アパートに帰る途中

何気に見た

小汚い食堂の貼り紙に吸い込まれた

「本日、かつ丼¥290」

僕は躊躇することなく

ふる里という暖簾をくぐり

ドアをガラガラと開けた

そこには常連のお客さんと談笑する

オーナーらしき人が

僕を見て

「いらっしゃい」と威勢の良い

よく通る声で迎えてくれた

「珍しく若いおきゃくさんだね」

「あのう、かつ丼一杯二百九十円って・・・・」

「お、そうそう今さキャンペーン中でさ

かつ丼にするのかい?」

使い慣れない横文字とのギャップが

僕を安堵させてくれた

「あいよ、一杯食べな」と

大盛りのかつ丼と赤出汁がでてきて

僕は

我武者羅に久しぶりにヒトの手料理を食べた

食べ終わったころ

「にいさん、学生さんかい?」と大将が訪ねてきた

「違います、フリーターです」

「ほう、最近よく聞くね

そのフリーターって言葉、にいさん何処から来たんだい?」

「大阪です」

「何歳?」

「十七歳です」

「これは訳ありだね、親に勘当されたのかい?」

「違います、親にこれ以上迷惑かけたくなかったので

出てきました」

これは本心で

僕が家に居ればいるほど

母に迷惑と負担をかけてしまうという

ねじ曲がった正義感のせいで上京したのは

あながち間違いではない

家を飛び出した理由は

また僕が目を瞑った時に説明しようと思う

「そうか、あんまり深くは聞かねえけどさ

十七歳で一人で暮すって大変だろう

名前はなんて言うんだい?」

「こうき・・・・・・・・功希っていいます」

「よし、決めた

これから毎日うちに晩飯食いにきな」

僕は言っている意味がわからなかった

むしろ

何を言ってやがるんだ、この親父はと思ったが

その気持ちを打ち消すような

言霊が飛んできた

「これもなにかの縁

功希君がこの街で食えるようになるまで

俺が飯を食わしてやると言ってんだい

金も要らねえから

いつでも来な」と言う

「そんな迷惑かけられないです」

「馬鹿野郎、俺が良いって言ってんだから

良いんだよ

人のお節介は黙って受けるのが礼儀だ」と

江戸っ子弁まるだしの威勢の良い

そして心地の良いトーンで僕を諭してくれた

「ありがとうございます、ありがとうございます」と

僕は今日会ったばかりの

この大将の前で

我慢していた「心」が爆発し

涙を堪えきれなかった

それがこの人との縁の始まりだ

「あいよ、生姜焼き」

「ありがとう。大将、俺バンドでワンマンライブやる事になったんだぜ」と

得意げに話した

「なんだいそれ?ワンマンってのは」

「俺らのバンドだけでライブをやるんだよ

凄い事なんだぜ」と僕は得意げに言った

「そうかい、功希

それは良かったな」

「うん、ありがとう」といつのまにか

この人に

敬語を使わなくなった自分が居た

生意気でも

常識知らずでも無く

僕は

この人を心からリスペクトしているので

敬語よりも

平常語

僕らがよく使う「ため口」を選んだ

そのほうが双方の距離が縮まり

どこか他人行儀を打ち消すためにと

勝手に考えて

行動した

僕の大将へのため口は

子が親に使う

小学生が担任の先生に使う

尊敬の念を最大限にまで格上げした

ため口なのだ

「功希、パチンコ行こうぜ」と

リハ終わりの

トモヨシが誘ってきた

「やっぱり今日は俺やめとくよ

お客さんの入りも気になるし」

「そう、じゃ俺だけ行ってくる」と

奴一人で

近くのパチンコ屋に向かって行った

狭い楽屋で

僕は自分の顔を見た

鏡越しに

「やるしかない」と自己暗示をかけた

いつのまにか

お客さんの入りがはじまる

BGMが鳴り

僕の奥底の

ナニカが「ドクン」と鳴った。

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