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ゲンバビト

by 加藤 いさお

第二章 呵責

   

瞬間湯沸かし器マニュアル 

都合の悪い事を、無かった事のように

腫物に触れずにダマシダマシに日常を過ごす者

都合の悪い事を、心の底から反省して

傷口が広がる前に消毒し痛みと共に日常を過ごす者

僕は、残念ながら前者だった。

食堂ふるさとのおかみさんの誕生日をドタキャンしてから、僕はふるさとに足が向かなくなっていた

簡単に言うとおあつらえむきの言い訳が思いつかなかったのだ。

普段の僕なら、「ごめん、大将、昨日仕事が忙しくて誘ってもらってた事すっかり忘れててさ、お詫びにこれを持ってきたんだ」そう言ってプレゼントのひとつでも持って行き「しょうがねえ奴だな、でもありがとうよ」で終わる行動をナチュラルに選んでいた筈だが、

今の僕はどうだ?ふるさと前を避けて通る臆病者に成り下がっていた

あれだけお世話になっている夫婦に「忘れていた」と言う勇気がでないほど、僕は滅入っていた。あれから一週間が経ったが僕のPHSには大将からの不在着信で連日埋まっていた。心配してくれているのが分かっているだけに卑怯者の僕はこの着信に応える勇気もなく

ただ残酷に時間が過ぎてゆく

「心配かけてるなこのままじゃ本当のダメ人間になっちまう」と、僕は意を決して「あやまりに行こう」とようやく重い腰を上げた

まずおかみさんのプレゼントを買いに行こうと二つ隣の駅の所沢に向かった

ここから地域は埼玉になる

所沢は東村山より盛えていて

駅から徒歩数分の場所に

西武百貨店もある

僕の住んでいる

久米川駅前には西友があり

さすが西武沿線だけあって

ほぼ各駅に何らかの西武の「証」がある

「何が良いのかな?」と僕は故郷の母とだぶらせた、「あの人はなんでも喜んだな、小さい頃お年玉でフライパンを買って誕生日に渡しただけでもめちゃくちゃ喜んでくれていたもんな」と、ふと目を細めた。

一階のアクセサリーコーナーで四葉のクローバーのビーズブローチが目に留まった

四葉のクローバーを発見したら、その者に幸せが訪れるというメルヘンな

言い伝えを信じたことは無かったが、今の僕の心境にピッタリで

このブローチが僕に謝罪へ行く

勇気を与えてくれるのではないか?と勝手にこじつけた。且つ図々しくも

おかみさんの喜ぶ笑顔と大将の照れた態度を妄想した。四次元世界の僕は

浪漫ちっくに二人を喜ばせていた

「これにしよう」と僕はこのブローチに一筋の希望を見出したのだ。

勝手なもので、僕の気持ちは一刻も早くこのブローチをおかみさんに渡したくて所沢駅までの足取りも軽くなっていた、駅前に設置された灰皿前で一服していると、ふと、こちらに敵意剥き出しの視線を向ける

制服姿の四人組に気付いた

「めんどくさいな」と一瞬目が合い

すぐに逸らしたが

案の定近づいてきやがる

一人が「おい、おめえなんか文句あんの?」と威勢よく絡んできた、「俺?ないない」と軽くあしらったが、それがいけなかった彼らの

「群れれば無敵」という

絶対的な自信という名の

タールを着火させたのだ

後の三人が「ないわけねえだろ」と距離を縮めてきた「忙しいからあっちいけやガキ」と僕は一人を睨みつけた

「おい、刺されてえの?」とふと長身の高校生をみるとカバンで隠しながらバタフライナイフが僕の脇腹をとらえていた

冷たく光る鯖のようなナイフを見て

「こんな大勢の前で刺したらおまえ即逮捕だぞ、あそこに交番あるしな」と凄むと

長身の男は他の三人を見た

「だいたいなんなんだよ」と僕はかまわずそいつにターゲットを絞って

足をおもいっきりかかとで踏んで

胸ぐらを掴んだ「なんだよ」と

さっきの威勢が

少しトーンダウンしてきたので

「俺を刺すのかい?カネが欲しいのかい?カネなんてねえぞ」と

カカトに全体重をのせた

「は、はなせよ」と言う言葉に精気が無い事に気付き、

勝機を感じ取った僕は

「もうあっちいけ」と手を離した

「なになにこいつ?」とまた数人が集まってきた、地元ならではの縄張り意識の高さが群れを増長させる

これはやばいなと僕は駅の改札に向かおうとしたが、虫が良すぎるのは当然の事で

肩を掴まれた

振り払うとまた一人が僕をおさえた

流行りのヤンキー漫画のように

鬼の強さで

この大人数を秒殺できれば良いのだが

現実の世界はそう甘くない

「またリンチかよ・・・・」と僕は先日のヒデキのリンチを思い出し、「まあ、あれよりマシか」と覚悟を決めた

「おい、おまえら何やってる」と神の声が僕を救ってくれた 。

警杖を持った「おまわり様」が異変に気づき近づいてきたのだ

「なんか絡んでくるんですよねナイフ持ってるし」と言うとその群れは

意外ともろく

蜘蛛の子を散らすように、皆バラバラに一目散に逃げて行った、「あ、待ちなさい」と

おまわりさんが声をあげるので

事なかれ主義のこの国の、

通行人の皆さんですら

一斉にこちらを見た、

僕は気まずくなった「大丈夫?改札の前で揉めていると通報に来てくれた人が居て見に来たんだけど」

「大丈夫ですよ」

「なんで揉めてたの?」これはメンドクサイなと思い、「急に絡んできたんですよね、でも何もされてないので

大丈夫ですよ

すいません仕事に遅刻しちゃうので」と、適当な言い訳を並べて

僕はまだ追求しようとする

若い巡査が次の文言を放つ前に

ペコリと頭を下げて改札に入った

「しかし、最近トラブル多いなあ」と一人思いながら、久米川駅に着いた

駅からふるさとに向かう途中

いつも気にも留めない景色が一つ一つ違ってみえて

駅前のマクドナルドに入ってゆく

お客さんすら気になった

それだけ久しぶりに

周囲を見渡したのだ

「よし」と僕は意を決してガラガラとふるさとの扉を開けた

大将は僕に気づいたが

「おお、功希久しぶりだな」と

「あたりまえ」を装おう。「ごめんなさい大将との約束を破ってしまって来るの気まずくなってて、あの・・・」言葉が出ない 、人間は言い訳をしようとすればするほど、適当な言葉が見つからない、「すいませんでした」僕はど真ん中のストレートを大将に投げた

「ばかだねえ、心配したぞ」と

大将は幼少期、初めて自転車に乗れた僕を見守ってくれていた

親父みたいな目をして

僕の頭をぽんぽんと叩いた

僕はいつのまにか

ニンゲンが嫌いになっていた

陥れようとするやつが多すぎて

軽い人間不信に陥っていたのだろう

大将は僕が投げたど真ん中のストレートをフルスイングしてくれた

「飯食ったのかい?」

「まだ・・・・」

「しょうがねえな、なんか食ってけ」僕は心臓のあたりが苦しかった

そう、ヒトのココロというやつが酷く苦しくて苦しくて、そしてその苦しさを通り越すと

そのココロというやつは瞬間湯沸かし器のように急速に沸騰した つい昨日までの僕の中の邪心の容認は僕の中の良心の呵責が飲み込み ココロの苦しさを導き出してくれた

そして沸点にまで達した時 安堵感が僕を包んでくれた

言葉を発すると涙がこぼれ落ちそうだったので 「大将、これ」とようやく声を絞り出しプレゼントを渡した

「おかみさんに」

「お、ありがとうなあいつも喜ぶよ」

僕はこの日から

「都合の悪い問題を先送りにする」という己の中に潜む「魔物」を

封印した。

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