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ゲンバビト

by 加藤 いさお

第一章 挫折

第八話 踏切の向こう側

「おにいさん、おにいさん」と

ふと僕を呼ぶ声がした

ハッと現実に戻ると

「ネクタイ下取りしてくれるの?

持ってきたんだけど」

「あ、ありがとうございます2本ですね?」

ついつい「あの時代」に飛んでしまっていた僕は

気を取り直して「あなたの古いネクタイを下取りします」

という手書きのPOPに目をむけた

使わなくなった古いネクタイを

一本五百円で下取りして

このご時世でも

新しいネクタイを買ってもらおうという、苦肉の策だ

「かなり古いネクタイですね、このペイズリー格好いいじゃないですか?

本当に下取りしても良いのですか?」と僕はお客さんが持ってきた

ネクタイを手に取り お客さんに尋ねた

「良いよ良いよ、もう十年くらい前のネクタイだからさ

あの当時こういうペイズリーが流行ってたんだよね」

「あ、そうですね僕も10年くらい前に、こういうペイズリーを友達にプレゼントした記憶が・・・・」と

目を「閉じた」

「てかさあ、なんで金の取り立てにネクタイしなきゃならないんだよ

俺たちはさ、ネクタイを締める仕事が嫌でバンドやってんのにさ」

「おいおい、おめえがやるって言ったんだろ?我儘言うんじゃねえよ」

「マジでネクタイ買ってくれんの?」

「ああ、良いよバイト代出たし

誕生日やねんから」

「おめえのその関西弁とエセ標準語が混じった言葉なんとかならねえの?」

「うるさいなあ、うつるんだよ多感な時期なんだよ早く選べよ」

僕らは新宿の丸井の

ネクタイ売り場に居た

「うお、これいいじゃん?ゴッドファーザーみたいで」

「お、良いねえ」

「これが良い」

「そんな早く決めちゃっていいの?もっと真剣に選べよ」

「良いんだよ、こういうのは自分の直感で決めるのが

一番良いの」

「これ、たしかペイズリーって言うねんで」

「知ってるよ、バカにしてる?」

「じゃあ、これね」と僕はレジに持って行った

お会計を済まそうとしていると

「すみません、プレゼント包装でお願いします」と

奴が茶々をいれてくる

店員さんが

「ギフト包装になさいますか?箱代でプラス二百円かかりますが」

「ほんとに、包装してもらうの?」

「ああ、お願いします」

「二百円っていったらおめえ神戸ランプ亭の牛丼あと百円で

食えるじゃねえかよ」

「いいじゃん、ケチケチすんなって」

「じゃあ、プレゼント包装でお願いします、こいつにあげるだけなんですけどね」と僕は

おどけて店員さんに言うと

クスリと笑いながら

「お優しい友達ですね」とトモヨシに話しかけながら手際よく包んでくれる

「優しくないですよ、こいつワガママなんですよ」と

また悪戯にトモヨシは店員さんに茶々をいれる

「では、これで完成しました」と

立派な箱にゴージャスなリボンを装飾してくれた箱を見て

「おお」と僕らは互いに見つめて

同時に微笑んだ

「ありがとう」と丸井の紙袋に また小さな紙袋を入れてくれて

「おねえさん、紙袋2つもいらないですよ」と言うと

「折角のプレゼントなので

新しい紙袋に入れて

お渡し差し上げてください」と

天使のような笑みで僕に言うので

僕は目を逸らしながら

「ありがとう」と答えた

エスカレーターを降りながら

僕は 丸井の紙袋から

新しい紙袋を取り出し

「ほれ、仕事頑張れよ、誕生日おめでとう」と奴に渡すと

「おう、頑張って稼ぐよありがとう」と、ギフトにしてくれと言った張本人のトモヨシが少し照れながら

「大切にするよ」と僕に言った

突然お礼を言われた僕まで恥ずかしくなって

「おう」と答えて 嫌な沈黙が

2人を襲った

実際は数秒の沈黙だったと思うのだが

僕らにとったらかなり長い沈黙に思えた。

「ねえ、ヒデキさんとこれから飯行くんだけどさ

おめえも行く?」

「行かねえよ。あのヒトと関わりたくねえんだわ、本当ならおめえも関わって欲しくないんだけどな」

「お前は心配性だねえ、大丈夫だって」

「そうかな・・・・・」

「じゃ、行ってくるわ」とトモヨシと区役所通りで別れ

僕はアルケミストに向かった

バイトも終わり、アパートに向かっていると

閉店しているはずのふるさとの灯りが点いていたので

ガラガラとドアを開けた

「お、功希おせえな」

「大将こそ、どうしたんだよこんな遅くまで」

「いやね、明日うちのやつの誕生日だからね

料理の仕込みしてんだよ」

「あ、おかみさんの誕生日なんだ」

「そうなんだよ」

「俺も手伝うよ、何すりゃ良い?」

「じゃあさ、皿あらってくれよ」

「わかった」と僕は

大嫌いな皿洗いを担当した

「おい、功希」 「ん?」

「おめえ最近ウチに顔出さないけど

ちゃんと飯食えてるのか?」 「ああ、新宿でバイトしてる時は、まかないが出るからちゃんと食えてるよ」

「そうか、それなら良いけどよ、たまにはウチにも寄れよ」

「ありがとう、寂しいのかい?」と僕は大将に尋ねた

「バカ言ってんじゃねえよ、どうだいバンドのほうは?」

「うん、うまくいってるよ早く金持ちなってツケを払うよ」

「偉そうに生意気いいやがって、百年早えんだよ」

「はいはい」と僕は笑いながら洗い物を終えた

「人様にだけは迷惑かけるんじゃねえぞ、それさえ守れば

若いうちは何をやっても構わねえ」

「うちの母親と同じこと言って、わかってるよ」と、僕はなにか気まずくなって

「じゃあ、また来るよ」とふるさとを出ようとした

「明日は、おめえ仕事かい?」

「ああ、貧乏暇なしだよ」

「そうか、良かったらおめえにも来て欲しかったんだけどな」

「おかみさんの誕生日は水入らずで祝ってやりなよ」と

ふるさとを出る前に「でも、明日はパチンコ屋のバイトだから

ちょっとだけ顔出すよ」

「そうかいきっとだぞ」

「わかったよ」と僕は

大切な人の誕生日ラッシュだなと

思いながらふるさとを出た

家に着く前に踏み切りにつかまり

普段気にもとめない この音が

僕の心臓の鼓動と比例して カンカン鳴りやがる

「どうせまだ来ないだろう」と

僕は踏み切りをまたいで家路に着いた

小さなルールを破ると

ニンゲンは必ず大きなルールを破る

僕は、その重大さにまだ気づいていなかった

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