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ゲンバビト

by 加藤 いさお

第一章 挫折

第九話 ネオン街と薄暗さの矛盾

買いたてのPHSが鳴る

買ったと言っても

新宿のさくらやで、機種代はただ同然だったが

シルバーのクールなデザインで

僕は気に入っていた

デザインとは裏腹に

電波が悪いのが最大の難点だった

まあ、僕の番号を知っているのは

バンドのメンバーと

アルケミストの人々

ふるさとの大将 パチンコ屋の社長

あとは仲の良い地元の友達数人

持つ必要がある?と思うくらいの代物だが

バンドの連絡網には便利だった

後は PHSを持っているという

若者特有の自己満足が僕の背中を押してくれた

電話の主は

「今日も」トモヨシだった

「どうした?」

「おまえ、今何してるの?」「パチ屋のバイト終わって

今、家に帰ってるところだよ」

「そかそか、今から新宿出てこれる?」

「無理無理、疲れてんだよ」

「ちょっとさ、めんどくさい事になっててさ」

「なに?トラブッた?」

「まあね、電話で話すと長くなるからさ奢るから出てきてよ」

「わかったよ、終電で帰るからな」

「ありがとね、じゃあさ、新宿着いたら電話ちょうだい」

「ああ」と僕は不機嫌に電話を切った

いつもの久米川駅方面ではなく

東村山駅にそのまま向かった

丁度 急行西武新宿行が来て

僕は、それに乗った

座席もガラガラに空いていたが

僕は、ドアにもたれて立っていた

三十分ほど電車に揺られ

到着後 トモヨシに連絡した

「もしもし、早いねえありがとう 今どこ?」

「今、電車降りたよ」

「あ、丁度いいや、今靖国通り歩いているからそっち向かう」

「あいよ」と僕は電話を無造作にポケットに入れた

靖国通りを歩いているとすぐに 手をあげて

こっちに向かうトモヨシを見つけた

「ごめんな、疲れてんのに」

「ほんまやで、どうしたんだよ?」

「まあ、落ち着いて話そう」と

トモヨシと並んで 歌舞伎町一番街の看板をくぐった

夜の歌舞伎町は昼とはまったく別の表情に変わり

欲望の街と化す

いつのまにか

この環境に慣れてしまっている僕はさほど気にすることなく

キャッチの兄さんと軽く挨拶を交わしながら

目的場所もわからないまま

トモヨシに付いて行った

「ここ、入ろう」と

地下のバーを指さす

「え?バーかよ?」僕は気乗りしなかった

なんせ、僕はまともにバーに行ったことが無い

トモヨシもそのはずだが

重厚な木の扉を開けると

まさに、テレビで見たことのある

バーだった

カウンターに座ると

マスターらしき人が

おしぼりを出してくれて

軽く会釈して

また、僕らの前から離れる、僕はいつもより小さめの声で

「おいおい、注文のしかたわかんねえよ」

「バカだねえ、そういう時はさ

ジャックダニエルのソーダ割りを頼むんだよ

ジャックダニエルは絶対どこのバーにもあるから

女の子の前でも 格好悪い思いしなくて済むと

ヒデキさんが言ってたぜ」

「マジ?」 「ああ、マジ」とトモヨシはようやくいつもの

笑顔を見せた

「すみません」とトモヨシがマスターを呼び

「はい」と近づいてくる

「僕は、ビール お前はどうする?」と

僕を見るので

「ジャックソーダをお願いします」と言われる通り

「背伸び」した

物静かなマスターは 笑顔で「かしこまりました」と

去って行った

ジャックダニエルを頼んだ事で

何故だか、僕は急に大人に近づけた気がした

「で、一体なんの話?」

「昨日さ、取り立てに行ったんだよね

チームの先輩と二人で」

「うん」

僕は、まず 「チームの先輩」と言っていることが

気に入らなかった

どっぷり浸かってんじゃねえよと思いながら

言葉には出さず

次の言葉を待った

「かなりさ、ややこしいんだわ」

「なにが?」

「支払期日を守らねえ奴のリストがあってさ

昨日は2件 俺らの担当で

相手は 2件とも歌舞伎町の店でさ

ひとつは俺が一瞬行ってたホストクラブの

ホストなんだよ」「それはややこしいな」と話していると

僕の前に「ジャックソーダ」がそっと置かれた

「ありがとうございます」とぼくは恐縮して

マスターに言うと マスターは「いいえ、ごゆっくり」と

トモヨシの席に

ビールを置いて去って行った

大人びて 無言でグラスを合わせて乾杯して

「それでさ、営業中の職場に行く気持ちわかる?

しかも元先輩ホストに取り立てするんだぜ?」

まてよ・・・と僕は記憶を辿った

「たしかさ、初めてヒデキさんに会った時

お前、働いてる場所言ってなかった?」

「そうなんだよ、わかってて行かせてるんだぜ、あの人」

「とんでもねえ奴じゃん」

「そうだろ?先輩にそう言うと

知ったこっちゃねえと言うんだよ」

「だからさ、俺やってられるかってなって 先輩置いて帰ったの」

「それもだめじゃん」

「なんかさ、面倒くさくなっちゃって」

「でもさ、完全におめえが悪いよね

だって仕事だろ?

おめえがやるって言ったんでしょ?」

「そりゃそうだけど」

トモヨシはこういうルーズな一面を持っていて

バンドの練習にもよく遅刻してくるし

たまに来ない日もある

「だめだよ、そんなんじゃ」僕は

溜まっていたいた彼へのうっぷんも

そこにぶつけた

「だいたい、おめえルーズすぎるよ

守れねえ約束なんてするんじゃねえよ」と

僕は一呼吸置いて 目を瞑った

「ブルルルルル」と電話が鳴る

「電話鳴ってるよ」

「あ、すいません」と液晶を見ると

知らない番号なのでそのまま携帯をポケットにしまった

「大丈夫です、それではこのネクタイニ本を

下取りさせていただきます

一本につき五百円の割引になります」

「簡単に言うと二本買えってことだよね」と常連の

お客さんは 笑いながら僕を見た

「そうです」と僕も照れ笑いしながら

お客さんを見た

「じゃあさ、おにいさんおすすめを二本みつくろってよ」

「わかりました お任せください」と

僕は 紺に白のレジメンタル柄のネクタイと

「これから暑くなりますので」と水色の無地のニットタイを

おすすめした

「どちらも紺とグレーのスーツとの相性ピッタリですよ」と

お馴染みのコロシモンクを添えた

「お、良いねえクールビズまでこれで過ごすよ」と

お客さんは喜び帰って行った

「さてと、昼飯でも食いにいくか」と

僕は店の電動シャッターを閉め

Just a moment という文字が刻印された

ロールカーテンを降ろし

昔のアメリカをコンセプトにしているオールディーな行きつけの

ハンバーガー屋に入って

独りカウンターに腰かけた

「毎度」とマスターが声をかけてきて

「チーズバーガーセットと

ドリンクはアイスコーヒちょうだい」

と常連ぶった 頼み方をした

「あいよ、しかし外は暑いなあ」

「ほんまに暑いなあ、ネクタイ益々売れへんわ」

「そうやなあ、どうするんクールビズになったら売るもんあらへんやん」

「ほんまに・・・どうしよかな?夜も暑すぎるよな」

と僕は出された水を一気に飲み

目を閉じて一息ついた

「うるせえよ、お前は俺の親かよ」

「そういうキレやすい性格直せよ」

「わかってるよ、でもさヒデキさん

その後何も言ってこねえんだよ

やっぱ事務所にあやまりに

行ったほうが良いよな?」

「あたりまえやろ?それが最低限のマナーやん」

「明日行ってみるわ」

「付いていこうか?」

「良いよ、一人で行く」

「あ、そう?おまえさどうすんの?これから」

「チーム入ったばっかだし抜けるに抜けられねえよな?」

「嫌なら、抜けろよ、おまえ群れるの向いてねえよどう考えても」

「だよね、さすがよくわかってる

楽して稼げる仕事なんかないよな」

「当然」と僕は笑いながら

ジャックソーダーを飲み干した

「終電やから帰るよ」

「あ、ほんとだね、今日はありがとうなんか楽になったよ」と

トモヨシは「チェックで」と大人ぶってマスターに声かけた

階段をのぼり

靖国通り方面に向かっていると

「おい」と後ろから声がした

僕らは振り返ると

「あ・・・」とトモヨシは絶句した

「誰?」「チームの先輩」

白いタンクトップ姿で

全身刺青の入ったその先輩が

「おまえシャレになってねえ事してくれたな、ナメてんの?」

「いえ、すいません、明日事務所に謝りに行こうと」

「良い度胸してるね、バックレてこの時間帯に歌舞伎町に居るなんてさ」

「ちょっと来い」とトモヨシを連れていこうとしたので

「ちょっと待ってください」と僕はその先輩に声かけた

「今、その相談に乗っていて、明日本当にこいつ謝りに行こうと

思っていたんですよ」

「あ?誰おまえ?うるせえよ部外者が口出すんじゃねえよ」

「功希、おまえは帰って良いよ

俺、先輩と話するから」とトモヨシが僕を見た

「おまえと話なんかしてる暇ねえんだよ、こっちこい」と

トモヨシの腕を掴んで

バーの路地裏の駐車場に連れていかれたので僕も付いて行った

「おめえ、やった事わかってんだよな?」

「ハイ、すいませんでした」

「すいませんじゃねえんだよ」と

その男は

すごい速さの膝蹴りを

トモヨシのミゾオチに入れた

「グッ」と声にならないうめき声と同時に

トモヨシは膝から崩れ落ちた

「あんた、なにやってんだ」と僕は崩れるトモヨシの元に駆け寄った

「さっきからうるせえな」と

今度はしゃがんでいる僕の顔面にその男の蹴りが入った

意識がブレて空間が波を打った

こいつ・・・・・・と思いながら

立とうとしたが

身体がいう事を聞かない

間髪いれずにその男は

トモヨシの髪の毛を掴んだその時

反射的に身体が動いたのか

それとも意図的だったのか

トモヨシはその男に

頭突きを喰らわせた

メイン通りのネオンとは真逆の

薄暗い街灯でも、その男が流血しているのがわかった

「トモヨシやめとけ」と僕は朦朧とする意識の中で

必死で静止した

「おまえ、コロスぞ」と

トモヨシは発狂しながら

その男を何度も殴った

さっきの威勢とは裏腹に 声すらあげる事のできないその男は

大の字で倒れた

僕はやっとの思いで

トモヨシに抱きつき

「おい、トモヨシ何やってんだよ」とトモヨシの背中を何度も叩いた

「やべえ、おまえが蹴られて真っ白になっちまった」

「どうすんだよ、これ、おまえやばすぎるだろ」

「とりあえず、ヒデキさんに電話するわ」と

トモヨシは電話を取り出した

「もしもし」とトモヨシがヒデキに電話をしている横で僕は

地べたに座りながら

タバコに火を着けようとしたが

手が震えてうまく火が着かない

その震えは恐怖からではなく

武者震いの類に似ていた

脳が興奮状態だったのだろう

「どうやった?」 「とりあえずこっち来るって、お前帰れよ」

「アホか帰れるかよ、てかもう終電無いし」 「本当だね

ごめんよ巻きこんじまって、顔大丈夫かよ?」「すげえ蹴りだったわ

けど、この人こそ大丈夫かよ?」と

僕は我に返り、その先輩に声をかけた

「大丈夫っすか?」

「うるせえよ、こいつ無茶苦茶殴りやがってただじゃおかねえぞ」と吐き捨てる 「あんたが俺の親友を蹴るからだろこいつは関係ねえじゃんかよ」と

トモヨシは少し後悔している様子だった。

低い重低音が近づいてきた

そしてその音は近くで止まった

「お~これは修羅場じゃんか」と

ヒデキが四人引き連れてやってきた

「おいおい、どしたコウイチ?どっちにやられた?」と

血まみれのその男に喋りかけた

「こいつです」とトモヨシを指さした

「トモヨシ気合入ってるね、バックレて先輩ボコボコにして超いいじゃん」とヒデキはハイテンションでトモヨシの近くに行った

「なんでバックレタの?」

「前働いてたホストクラブだったんで」 「知ってるよ、そんな事おまえが言ってたじゃんか、

でもさあ、最初に言ったよね 借した奴に情なんかかけてたら

こっちが喰われるよってさ」

トモヨシは立ち上がって

「はい、すいませんでした」とヒデキに謝罪する

「困るよ、そんな事じゃ俺たち規律を大切にしてるからさ

約束破る奴は許さない事にしてるんだよね」

「ま、一回目だから今回だけは大目にみてやるよ

先輩に勝ったし、俺は負けたこいつの方が許せねえよ」と

先輩をチラリと見た

「俺にはこの仕事できないです」とヒデキに頭を下げるトモヨシ

「だめだよ、トモヨシ おめえまだなんもやってねえじゃん

男は一度決めたことはどんな事があってもやり遂げなきゃね

メキシコのマラってギャング知ってる?」

「知らないです」 「Ms 13て言ってさ掟で縛られてんの

そこに入る奴はさ まず13秒間集団リンチされんの

それに耐えられたら仲間に入れるんだ、でもその間に死んじまう奴も居るんだって」

「ねえ功希、トモヨシ辞めたがってるけどさ

おまえどう思う?中途半端だよな?」

「トモヨシを抜けさせてやってください」と僕はヒデキに懇願した

「なんだよ、お前もかよ?わかったよじゃあさウチはそうだなあ

十五秒間リンチに

耐えられたら抜けさせてやるよ、もしその間にトモヨシが泣き入れたら

おまえもウチに入れよ」

「ヒデキさん功希は関係ないじゃないですか?」

「だってさ、本当に欲しいのはこいつだもん俺が自ら声をかけたしさ」

「どうするトモヨシ?十五秒間俺らのリンチに耐えてみる?

それが嫌なら明日もトリタテだよ」

「わかったよ、好きにしてくれて良いよ」とトモヨシは覚悟を決めた

「功希、お前もリンチ受ける?

これは俺の優しさだよ

四人が一人をリンチするのと

四人が二人をリンチするの

どっちがマシかわかるよね?おめえ友達思いみたいだからさ

チャンスやるよ」

こいつは楽しんでやがる

僕は初めてこの世に悪魔の存在を感じた

「俺だけでいいよこいつは関係ねえ、功希はやく帰れよ」

僕は考えた、そもそもトモヨシを巻き込んだのは僕だ

そしてこいつは東京に来て一人ぼっちだった僕に希望をくれた

たった一人の親友だ ずっとこいつと一緒に居たい

「俺も入るよ」

「お、聞いたかトモヨシ功希は良い奴だねだからおめえの事好きなんだよ功希」

「うるせえよ、早くやれよ」

「俺もやっちゃって良いすか?」とさっきの男がヒデキに話す

「おまえはだめだよ、だって後輩に負けたじゃん

負けた人間が、お前に勝った無抵抗の人間を殴るなんて虫が良すぎるよ

俺は卑怯な人間が大嫌いなんだよ

お前は今から

破門な、ヨワッチイ人間なんて必要ねえんだよ」

「え?」 「目障りだから行け」と先輩を手で軽くあしらった

「そんな、納得いきません」

ヒデキのパンチが

先輩の顔面にめり込む

「早く行けよコロスよ?」

先輩は一瞬ゾっとしたのか

顔を抑えながらネオン街に消えて行った

「さて、二人ともこっちに来いよ」と僕らを呼ぶ

「功希、本当に帰ってくれ、俺は大丈夫だから」

「もう、良いよどうでもよくなってきた」と僕は苦笑いして

ヒデキの元に行った

腕っぷしの強そうな四人とヒデキ

「さあ十五秒間俺が数えとくよ」

と手を叩いた

例えようのない痛みが全身を貫通する

時には四人同時の蹴りやら

鉛のように重たいパンチ

途中から痛みを感じる事もなくなった

トモヨシはどうしてるのか?と気にかける余裕もなく僕は 無になった

「はぁいストップ ストップ」と薄れかけた遠くの意識の向こう側で

ヒデキの声が、かすかに聞こえた

「よく、耐えたねこいつらウチの精鋭部隊なんだけどね

まあ、約束は約束だわ、トモヨシおめえはもう来なくていいよ

功希、またね」とヒデキ達は去って行った

立ってられない僕は

その場に座り込んだ

「トモヨシ大丈夫かよ?」

「いってえよ、功希おめえこそ大丈夫かよ?」

「大丈夫じゃねえなこれ」と僕はトモヨシの背中を叩いた

「ほんと、ごめんな、俺ちゃんとするからさ」

「ちゃんとしろよまったく

全身痛いし

終電逃したし家にも帰れねえよ」

「ああ」

「カラオケボックス行こうぜ

そこで寝たい」

「無理だな、お前服ビリビリだし

血だらけだもん」

「マジ?そんなに?」

「ああ、マジ」とトモヨシが笑う

「俺しかやられてねえんじゃねえの?

あいつらお前に甘くない?」と

僕はトモヨシに嫌味を言った

「俺はさ、お前と鍛え方がちげえんだよ。しかし、ヒデキさんはやべえな、俺ら遊ばれてるよな」

「あいつとは一切関わるなよ」

「ああ、ごめんだよ」

「ジーンズメイト行ってくる

あそこ二十四時間だろ?服買いたい」

「おお、それ良いねトモヨシお前そんなに血出てねじゃん

ここで待ってるからお前が服買ってきてくれよ」

「わかった適当に買ってくる」と

トモヨシが去って行った

やはり僕はその背中を

見えなくなるまで見送った。

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