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ゲンバビト

by 加藤 いさお

第二章 呵責   

第三話 勝つ重要性

「シルキーの鈴木です」 今、バンドは解散の危機にさらされていて、この人の電話に出るのは気が滅入る。

「どう?もうライブまで2か月程だけど順調?」「はい、わざわざありがとうございます」 「ゲノムの連中にも君達がオープニングアクトをやる事を伝えたからね」 「わかりました、わざわざすみません」 「まあ、一度ウチに顔出してよ、新曲できたらデモテープ持ってきてね、じゃあね」ようやく巡ってきたチャンスを僕達のバンドは掴み損なっているのは確かだ。

「あいつ、こんな時に」と僕は妙な焦りと苛立ちで、はじめてトモヨシに心底腹を立てた。

「今日は帰るか」と電車に乗り、席に座った。

久米川駅に着いて

直行でふるさとに向かった

「大将腹減った」

「なんかお疲れだねえ」

「ああ、色々あってさ」

「若いのに、なにを言ってやがるんだ、俺なんか年中疲れてるよ」

「たまには休みなよ」

「まあ、暇だから休んでるようなもんだけどな」お世辞にも人気店とは言えないふるさとは、何故もっと流行らないのか?と僕も不思議だった

味は格別に美味いし、無愛想だが気立ての良い大将が居るし、場所も駅から近い

僕には流行らない理由がわからなかった。「ねえ、大将」

「なんだよ」

「なんでこの店人気ないんだい?」と僕は直球をぶつけた

「嫌な事言うねえおめえは、うちは常連さんが来てくれるから良いの」

「それじゃいつまでたっても儲からないよ?」

「まあねえ」と大将が深刻な顔をする 「なんで人来ねえんだろうな?」

「でもさ、俺はかつ丼の貼り紙に引き寄せられて入ってきたじゃん?」

「ああ、よく入って来たもんだな、儲からねえ客だったけどよ」と大将は僕の頭を「コン」と小突いた。

「だからさあ、なんか役に立ちたいんだよ」

「じゃあ皿洗ってくれよ」

「そういう事じゃないんだよ、また目玉商品作ったら?かつ丼二百九十円みたいな」

「あれは失敗だな、儲からねえしおめえが来たしよ」と僕のテーブルの対面に腰かけた

「二百九十円でさ、いくら儲かるの?」

「一円も儲からないよ、あれは採算度外視なんだよ」

「じゃあさ、うどんの原価はどうなのさ? ネギだけ入れるかけうどん的な」「あれは一杯五十円くらいだな」

「それだよ、それでカツ丼定食作ろうよ、カツ丼とうどんで五百円」 「なんだよそれ?全然儲からねえじゃねえかよ」

「それで良いんだよ、少しの儲けを確保してさ、店を知ってもらうんだよ」

「そんな事で人が来るのかねえ?」 「だからさ、俺とミサキちゃんと二人駅前でチラシを配るのさ、3日間限定でカツ丼を勝つ丼というネーミングで」

「なんだそれ、駄洒落じゃねえか」「それで良いんだよ、チラシは読んでもらわなければ意味ないだろ?インパクトが大事なんだよ」

「なんだよ、おめえ、バカって言ってる割には、おもしれえこと言うじゃねえか?」

「とにかくワンコインでお腹が一杯になる、そしてこの駅周辺には下宿している学生が多いから、そういう人たちにチラシを配って、ここを知ってもらうんだよ」

「それは良いが、おめえがやってくれるのかい?」

「ああ、任せてよ、ミサキちゃんは?」 「二階にいるよ」

「ちょっと行ってくる」 二階に上がり ドアをノックした

「ミサキちゃん、功希だけど」ガチャリとドアが開く、まだ高校生のミサキちゃんが「なによ」とめんどくさそうに言う「あのさ、ふるさとのチラシ作りたいんだけどミサキちゃん協力してよ」 「チラシ?やだよ」

「店に沢山お客さんを呼ぶためだよ、協力してよ」

「どんなチラシ?」

「その打ち合わせしたいからさ、下に降りてきて」

「わかったわよ」と僕は先に下に降りた。

「大将、ミサキちゃんも協力してくれるってさ」

「ミサキが?珍しい事もあるもんだな」

「なんだい、チラシって」

「おかみさん、俺がふるさとに人を呼ぶからさ、忙しくなるよ」

「それが本当ならありがたいねえ」 「まあ見てなって」 チラシ配りはアルケミストで慣れているし、少しでもこの家族に恩返しができればなと僕は珍しくワクワクしていた、ここ最近悩み事だらけで、これを考えている時だけ「ソレ」を忘れられる。

「忙しいのに、急になによ」とミサキちゃんが降りてきた。「ミサキちゃん俺がさ、下書きするからさそれを書き直してよ、俺、字汚いからさ」

「わかったわよ」

「紙ある?」

「これで良いのかい?」とおかみさんが白紙のファックス用紙を持ってきてくれた

「ありがとう」僕は一心不乱に書いた

「お腹を空かした学生さんの味方です。三日間限定、カツ丼とうどんの

「勝つ丼セット」五百円

まさにふる里を思い出すおふくろの味です、このチラシを持ってきてくれた方に限りうどんにたまごのトッピングサービスします!」

「おいおい、たまごまでサービスかよ」

「良いんだよ、これで何人チラシを持ってきてくれたかわかるだろ?」

「好きにやってくれよ」と大将は半ばあきれ顔で僕に言った。

「ミサキちゃん、この文をマジックで太く書いてよ、カラーコピーはもったいないからさ白黒でコピーするから文字は大きくね、それと久米川駅からの簡単な地図を書いてよ」

「はいはい」

「まずは百枚コピーするからコピー代千円を回収するのには定食が七食出ないといけないな、八食目から百六十円儲かるのかあ、商売って大変だね」

「そうだよ、商売ってのは生きてるんだ浮く事もあれば沈む事もある、まあウチは沈みっ放しだけどよ」「でもさ、来てくれた人達が常連になってくれるだろ?それだけでも価値があるよ」

「そうなってくれたら嬉しいけどよ」 「大丈夫だって味は俺が保証するよ」

「おめえに保証されてもな」と大将は優しい笑みで僕をみた。

「できたわよ」

「お、いいじゃんさすがミサキちゃん、じゃあコンビニにコピーしに行って二人で配りにいこう」

「え、今?」

「そうだよ」

「日にちはいつからなの?」

「もらった瞬間からさ」と僕はニヤリと笑った

「人は日にちが遠ければ忘れてしまう、今日から三日間限定と言えば、来る気のある人はすぐに来てくれるさ」「本当かなあ」

「じゃあミサキちゃんコンビニ行こうよ、大将、もしかしたら今日お客さん来るかもしれないから、勝つ丼セット五百円で卵付きで頼んだよ」

「あいよ、期待せずに待ってるよ」

コンビニで百枚チラシをコピーして

僕らは久米川駅南口で配る事にした。 「私、恥ずかしいから功希がやってよ」

「わかったよ、チラシはさあ、人の目線ギリギリのところで配るのがコツなんだ、思わず手をだしてしまうだろ?」

「わけわかんない」

「見ててね」と僕は学生らしき男の子の目の高さにチラシを差し出し

「今日から三日間限定でカツ丼セットが五百円です、お願いします」と渡した

「ありがとう」と学生らしき男性は去っていった「ね?受け取ってくれるだろ?渡すときに一言添えるのがコツさミサキちゃんもやってみなよ女性に渡せば恥ずかしくないだろ?」

「やってみる」僕らは必死にチラシを配った

無視する人、お礼を言ってくれる人 単なるチラシ配りでその人たちの人間性がわかる

僕もアルケミストで働いてから、街のティッシュ配りのお兄さんから、必ずテッシュをもらう事にしている、

「もうチラシ無いわよ」

「もう百枚配ったんだね、じゃあ今日は帰ろう」と僕らはふるさとに向かいながら「チラシ配りも慣れれば楽しいだろ?」

「まあね」

「俺、明日新宿でバイトだからさ、次の休みの日にまた一緒に配ろうよ」「わかったわよ」

ふるさとの扉を開けた そこにはさっきチラシを受け取ってくれた人達が数名居た

ミサキちゃんが嬉しそうに僕を見た、僕もニッコリ笑って

大将のいる厨房に行った「驚いたよ、ありがとうよ」と大将はぶっきらぼうに僕に言った

ゼロがイチになる、僕はその重要性を身をもって体験した。厨房に入り、皿洗いを手伝いながら、「ね?来てくれただろ?」と大将に言うと、「驚いたねえ、まさかお前にこんな才能があったなんて」 「新宿でチラシ配りやってるお陰さ」と僕はそう言いながら、どんな仕事でも絶対に無駄な事なんてないもんだな、と僕は思った。この短時間に

チラシを見て来てくれたお客さんは七人 滑り出しは上々だな「明日も来てくれたら良いね」

「ああ、折角おめえとミサキが頑張ってくれたんだからな無駄にしたくねえな」

「ふるさとは一回来るとまた来たくなるから当分の間チラシ配り頑張ろうよ」

「ああ、わかったよ」

「じゃあ、お疲れ様」と僕はふるさとを出た。

翌日、バイトに行く為に駅に向かうと

南口で大将とおかみさんとミサキちゃんがチラシを配っていた 僕は驚いて

慌てて駆け寄り

「なにしてんのさ?」と大将に聞くと「いやな、ミサキが三人でチラシを配りに行こうと言うもんでさ、しょうがねえから俺も手伝ってるんだよ」と照れ臭そうに言う

「そうなんだ、大将、笑顔で笑顔だよチラシを配るときは今の大将の配り方だと人が逃げていくからね」

「わかってるよ、うるせえなあ、おめえバイトだろ、早く行け」

「行ってくるよ、頑張ってね今日もお客さん一杯くるよきっと」

「ああ」

「じゃあね」と歩き出す僕に向かって

「おい、功希」

「なに?」

「ありがとうな」 僕は照れ臭くなって速足で駅の改札に向かった。その足取りは自分でも驚くほど

軽かった。

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