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ゲンバビト

by 加藤 いさお

第二章 呵責

第四話 懐かしい味のスパイス

「今日は珍しく勝ったよ」と

常連のばあさんが言う

「よく出てたもんな、良かったね」と僕はドル箱五箱分の玉を運びながら、ばあさんににっこり微笑みかけた

このばあさん、毎日のようにパチンコ「ヒカリ」に足を運ぶかなりの古株で「ヒカリ」で知り合ったパチンコ友達も多い。あだ名はトミさん、本名は知らない。

たまに孫らしき小学生くらいの女の子がトミさんを迎えにくる、

隣にチョコンと座りぼーっと

トミさんが打ち終わるまで待っている。

カウンターのハットリさんが「今日珍しく出たじゃねえか、こりゃ不吉だ」と年寄り特有のジョークをかましながらトミさんを祝った

「じゃあ、また明日ね」と景品のお菓子を孫に渡し、トミさんは二人で帰って行った。

ある日僕が駅前の西友に行く時に

「おにいちゃん」と聞き覚えのある声が僕を呼び止めた

「あれ、トミさん?なにしてんの?」

「ここで屋台を出してるんだよ」

なんとトミさんは

赤ちょうちんにラーメンと書かれた

屋台の主だった、「え?ここに屋台が出てるのは前から知ってたけどさ、トミさんの屋台だったの?」 「ああ、そうだよ、あんたこの辺に住んでいるのかい?」

「うん、八坂小学校の近くだよ」

「それにしては全然会わなかったねえ」 「ああ、毎日出してるの?」

「毎日?無理無理、気が向いた時だけね」

「そうなんだ、美味いの?」と僕は

笑いながらトミさんに聞いた

「普通だね普通」と謙遜している風にも見えないトミさんに

「じゃあ一杯頂戴よ」と

お粗末な木の椅子に座りながら

ラーメンを注文した。

「あら、気を遣わなくていいよ」

「気なんか遣ってないよ、トミさんのラーメン食べてみたいからさ」

「そう?」とトミさんは

麺をザルにいれてゆがきだした

「あんた、いつも玉運んでくれて親切だとみんな言ってるよ」

「そうかい?最近みんな運んでるじゃん」

「そうだね、前なんか全然運んでくれなかったのにね」

「きっと気が変わったんだよ」と僕はトミさんがラーメンを作るのを見ていた。「トミさんは、なんでここに屋台を出してるの?」

「ウチの人がさ、昔からここで出してたんだよ、亡くなってから私が気まぐれで出してるんだよ」と

トミさんは湯切りをしながらドンブリにゆがいた麺をいれた。

「それにしてもトミさんパチンコ好きだねえ」「パチンコくらいしか楽しみ無くてさ、あそこに行くと顔見知りばかりだからね、わたしゃパチンコが好きなんじゃなくてさ、みんなに会えるのが楽しいんだよ」 「そうなんだね、お孫さんがいつも迎えに来てくれてるよね」

「まあね、私は家では厄介者でさ、娘がいつも孫を迎えに来させるんだよ

孫だけがわたしの生き甲斐だよ」と言いながらできたラーメンをテーブルに置いてくれた。

「いただきます」と、僕は麺をすすった

なんだか「懐かしい味」がした、「どうだい?あんたの口に合うかい?」 「うめえよトミさん」と僕はお世辞抜きで言った。

「そうかい?あんたの舌おかしいんじゃないかい?」とトミさんは優しい目で僕を見た「あんた独り者かい?」 「そうだよ、大阪から上京してきたんだ」「それは偉いねえ」「全然偉くないよ、その逆さ」と僕は心の底からトミさんに言った。

「若い時は好きな事をすりゃ良いんだよ、そうやって人間は物事の善悪を身体で憶えてゆくのさ」

「そういうもんかな?」

「ただ、人様に迷惑をかけちゃいけないよ、それを破っちまったら絶対に自分に返ってくるからね」僕の好きな人達は皆、口をそろえて「人に迷惑をかけるな」と言う

その迷惑の度合いはなんだろう?と考えても答えは見つからない、現にふるさとでタダ飯を食わせてもらっている事自体、大将達からすれば迷惑極まりない事だよなと僕は己と向き合った。「ねえ、トミさん美味しかったよ、また来るねラーメンいくら?」

「お代かい?良いよいつも玉運んでもらってるし、そのお礼だよ」

「だめだよトミさん、迷惑かけられないよ受け取って」と財布を出した

「人の親切は快く受け取るもんだよ、良いって言ったら良いんだよ」

「でも迷惑じゃ」

「馬鹿だねえ、それは迷惑って言わないの」

「そうかい?なんか悪いねえ、ありがとう」と僕はトミさんの口調がうつって年寄りじみた喋り方になっていた、一杯のカツ丼、一杯のラーメン

その一杯には優しさが一杯に詰まっていて、そしてこのラーメンや、ふるさとの大将が作る料理には当然のようにコストと労力がかかっている、それをタダで御馳走してもらっている事を

考えながら、僕も人に対してそういう風になろうとぼんやり思った。

電話が鳴った、ディスプレイに表示されている相手はペコだった、「功希さん、さっき、歌舞伎町でトモヨシに会いましたよ」「マジ?」 「はい、功希さんが心配している事を伝えましたが関係ねえと言ってコマ劇の方に消えて行きました」

「ありがとう、今からそっち行くよ」 「わかりました」

「ペコ、今日暇?」

「年中暇っすよ、付き合います」

「悪いね、そっち着いたら連絡する」と僕は急いで改札に向かった。

久米川から西武新宿駅は急行で

三十分程かかる、その三十分は

席に座って考える時間を与えてくれる

誰にも邪魔されずに自分を

見つめ直す事のできる貴重な時間だ

もしトモヨシに会えたらクスリを疑った事と殴った事を謝ろうと

トミさんの一杯のラーメンが僕の背中を押してくれた。

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