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ゲンバビト

by 加藤 いさお

第三章 交わる力

第三話 蛾と蝶

「キャサリンさん、

おはようございます」

「あ、功希君おはよう」

「どうしたの?」

「いえ、ビラ配り行ってきます」

「大変ね、あの社長は人使い荒いから適当にサボりなよ」

「それ、見つかったら

今度こそ殺されます」

「殺しはしないわよ、大袈裟ね」

「そうですかね、あの・・・・行ってきます」

「様子が変ね?なんかあった?」

「何もないっすよ、じゃあ」

こいつは調子が狂う

変に相手の事を意識してしまうと

次の言葉が出てきやしねえ

「なんか、新聞屋に西武園のチケット貰ったんすよね

ヒマなら一緒いきません?」

実は、何度も頭の中でシュミレーションしていた

こんなチンケな文言すら

一言発するのにも

物凄い労力を使う

「断られたらどうしよう?」

まずネガティブな思考が先行し

僕のポジティブな思考回路を破壊して

とうとうそのコンピューターはショートしてしまう

「やめとこう」

己のコンピューターを強制終了させた

アルケミストに戻り

厨房で水割りセットを作っていると

社長が入って来た

「おはよう」

「おはようございます」

「功希ちょっといいか?」

嫌な予感がする

「はい」

非常階段の踊り場で

社長はたばこを吸いながら

「お前、正社員にならねえか?」と

真顔で言ってきた

「正社員ですか?」

意外な誘いに僕は戸惑った

「おまえ、根性あるし、人当たり良いしよ正社員なら営業歩合もつくし

稼げるぞ」

「嬉しいですけど、僕にはバンドがあるんで」

「正社員やりながらバンドすりゃいいんだよ、シフトも優遇してやるよ」

困ったな

社長のお誘いは嬉しいが

アルバイトと正社員じゃ

責任の重さが

違いすぎる

「まあ、すぐに返事しろとは言わねえから、ゆっくり考えな」

「はい、ありがとうございます」

アルバイト初日に殴られた僕を

今となっては

正社員にならないか?と声をかけてくれた社長に恩すら感じた

時の流れとは

不思議なものだな

「じゃあ、行ってくるね」

いつも通り

舞台に向かう

ショーのトリのキャサリンさんは

舞台に羽ばたいていった

ショーが終わると

演者も客席に向かう

席に座って

接待をしてチップをもらう

そのテーブルの売り上げの何パーセントかは

演者に入る仕組みになっている

「飲ませれば飲ませるほど

懐も潤う仕組みになっている」

「ネエさん本当にニューハーフかよ?」

「いやねえ、褒めてくれてるの?嬉しい」

キャサリンさんは

相手を不快にさせずに

しれっとはぐらかして

相手がつめてくるのを上手くかわす

「嘘つけよ、おめえ女だろ?」

こいつはタチの悪い客だ

酒がはいる商売は

どうしてもトラブルがつきものになる

そのトラブルを回避するのも

僕の仕事だ

「じゃあ、見せてみろよ」

「ちょっと、調子にのらないでよ」

「いいから、見せろよ

女だったら詐欺だぞ」

そろそろか?

「お客様、困ります」

「あ、小僧はすっこんでろ」

「本人が困っていますので」

「こいつは、絶対女だ、否定するなら

その証拠を見せろって言ってんだよ」

「あんたね、失礼じゃないの

私、もう行くわ」

「待て、こいつ」

酔っ払いのオヤジの平手がキャサリンの肩にヒットした

「痛い、何すんのよ」

「おい、あんたお客なら何をやっても良いのかよ?」

「うるせえ」

「ハラダさん警察呼んでください」

「警察は、ヤバイよ功希、被害にあったのキャサリンさんだし

女だってバレたら

社長が詐欺で引っ張られるよ」

それもそうか

「おい、あんた外出て話しようや」

無理やりオヤジを外に連れて行き

さっき社長と話していた非常階段の踊り場で

「一体なんだってんだよ」

「お客さん、店内で暴力はいけませんよ、今後お店に来ないでください」

「誰が来るかよこんな店、それよりあいつを呼べ」

「呼べません、お客さんが暴力をふるうので.怖がってるじゃないですか」

「俺はな、ニューハーフショーだと思ったから来てやったんだよ

あいつは女じゃねえかよ」

「女性じゃありません、立派なニューハーフです」

立派なニューハーフ?我ながら苦しい言い訳だ

この件に関しては、僕もあまり強く言えない

腹が立つけどこいつが言っていることは紛れもなく正論だ

「じゃあ連れて来いってんだよ証拠見せろ証拠」

ギーと錆びたドア特有の不快な音とともに、社長が来た

「お客さん、困りますよウチの大事な踊り子に暴力ふるっちゃ」

「暴力なんてふるってねえよ、ハズミだよハズミ」

「じゃあ、こっちもハズミであんたが二度とこの街を歩けないようにしましょうか?」

こういう時の社長は怖い

「なんだ、脅してんのか?」

「別に脅してなんかいませんよ

だけどね、ウチの従業員が傷つけられたら、こっちもその気になっちまいますよって事です」

「詐欺でお客を呼んで、挙句に脅しかよ、なんて店だよ、警察呼べ警察呼ばねえならこっちから呼んでやるよ」

「嫌いなんだよ、お前みたいにお客様は神様だって態度の奴、功希、俺は今からこのお客さんと大事な話あるから

おまえは中入ってろ」

「わかりました」

「社長大丈夫かよ?」

ハラダさんが心配そうに僕に聞いてくるので

「さあ、あの社長の事ですからなんとかなるんじゃないですか?」

僕は楽屋に向かった

「キャサリンさん、大丈夫ですか?怪我は?」

「ああ、大丈夫よ」

あっけらかんとしているキャサリンさんは、流石に場馴れしている

「功希ちゃん、キャサリンは大丈夫よ

私たちより強いんだから、図太いしね」

ヒカルさんが僕にウインクする

「うるさいわねえ、それよりあのお客はどうなったの?」

「今、社長が非常階段で話つけてます」

「そう、気の毒ね」

「はい」

「早くホールに戻りなさい」

「あ、そうですね。戻ります」

「ねえ、功希君」

「はい?」

「ありがとね、守ってくれて格好良かったわよ」

「いえ、じゃあ失礼します」

僕は逃げるように楽屋を去った

なんだよ

歳一つしか変わらねえのに

なんでこんなに子供扱いされんだよ

ホールに戻ると

裏でのトラブルが嘘のように賑わっていた。

最後のお客さんを見送って

ホールの片付けをしていると

社長が戻って来た

「功希、お疲れ」

「社長、お疲れ様です、さっきのお客どうでした?」

「ああ、誠意を持って話したらわかってくれたよ、もう二度とここに来ねえだろうけどな」

想像がつく・・・・・

「だけどな、キャサリンの事は

いつかめくれるだろう、うちはあくまでも、踊り子全員がニューハーフで売っている店だからな」

「そうですね、キャサリンさん

誰が見ても女ですからね」

「ああ」

「なんでキャサリンさんをニューハーフとして、雇っているんですか?」

「そりゃ、おめえ焼け野原には綺麗な花が必要だろ?」

なんて説得力のある例えなのだろうか?

「ここで働いてる踊り子達は皆訳ありなんだよ

キャサリンが居る事であいつらも輝き

逆にあいつらが居てこその、キャサリンなんだよ」

僕も同感だ

「あいつは妹だよ、ヒカルの」

「え?」

まさかのカウンターパンチに

僕は正気を失った

「似てねえよな」

クスリと笑いながら社長は続けた

「あいつらはガキの頃に

親に捨てられて

移動劇団の座長をやっている

唯一の親戚を頼って

二人は入門したらしいんだ

ヒカルが、その一座を辞めるまで

全国を渡り歩いていたんだとよ」

「初耳です」

「そりゃそうさ

俺しか知らねえからな

ヒカルは別のショーパブで働いているのを俺が引き抜いたのさ

キャサリンも一緒に雇うという条件で」

「そんな大事な事をなんで僕に?」

「おまえはな、裏切らねえ奴だよ

こんな世界は

ニコニコ笑いながら尻尾振って

懐いてきたと思ったら

急に噛み付きやがる

そんな奴らばかりだからな」

「嫌な世界ですね」

「秘密を知ったからにはおまえは社員になるしかねえんだよ」

冗談なのか本気なのかわからないトーンで

社長は僕の頭をコツンと小突いて去っていった

ヒカルさんとキャサリンさんが

兄妹?

未だ信じる事ができない僕の前を

「功希君、今日もお疲れね」

背中をポンと叩き

ヒカルさんは帰っていった

キャサリンさんが蝶なら

この人は蛾だな

薄暗い世界

それでも光を求めて

外灯の光にすら吸い込まれて

羽ばたく蛾か・・・・

格好良いじゃねえか。

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