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ゲンバビト

by 加藤 いさお

第三章 交わる力

第四話 弾ける泡

閉店後のアルケミストは

まさに明け方の歓楽街

のように静かだ

僕はバイト終わり

ホールのテーブル席に座って

一人放心するのが

たまらなく好きで

制服のボタンを外しながら

従業員が自由に飲める

味の薄いオレンジジュース

を飲んでいた

仕事帰りのキャサリンさんが

楽屋から出てきた

僕は不意に

呼び止めてしまった

「キャサリンさん」

「お疲れさま、どしたの?」

「え〜とですね、新聞屋のおっさんが

西武園のチケットを

くれたんですよね」

「西武園?豊島園じゃなく?」

「そうなんですよ、豊島園じゃなく西武園です」

西武園ってそんなにマイナーなのか?

田舎者の僕でも豊島園は

東京に来た時から

耳にしたことがあったが

考えてみたら西武園は

新聞屋のオヤジがくれて

僕もその存在を初めて知った

東京に住んでいる人たちは

豊島園くらい

西武園を知っているものだと思っていたが

どうやらそうでは無いらしい

「西武園行った事あります?」

「無い無い、私遊園地嫌いなんだ

ディズニーランドとかに嬉しそうに行ってる奴らの気が知れないわ」

「ぼ、僕もなんですよ」

デッドボールを喰らうとは

こう言う事なんだなと

絶望した

「で、そのチケットがどうしたの?」

「いやね、僕も遊園地あまり好きじゃ無いので

キャサリンさんが好きでしたら

2枚あげようかと思って」

惨めだ・・・・

「そうなの、気持ちは嬉しいけど

私は遠慮しとく、ありがとね」

「いえいえ、誰かにあげます」

「じゃあ私、帰るね」

「あ、お疲れ様です、キャサリンさん

普段何して遊んでるんですか?」

「うーん、あまり遊びに行かないわね

稽古ばっかりだし、今頑張らなきゃね」

「偉いですね」

「功希君だってバンドの練習ばかりでしょ?それと同じよ」

「じゃあ、私スタジオに行くからお疲れね」

脈なし・・・・

バツが悪くなって

電話を取り出した

「ペコ、今何してんの?」

「ヒデキさんと九龍にいますよ

どうしました?」

「いや、飲みに行かねえかと思ってさ」

「バイト終わったんですか?じゃあ九龍来てくださいよ」

「良いよ、ヒデキさんも居るんだろ?」

「おいおい、功希、ひでえじゃねえか?俺は邪魔か」

いつの間にか電話の主が変わっていた

「いえ、そんなんじゃなく」

「じゃあ来いよ、待ってるよん」

「あ、はい」

区役所通りをトボトボ歩きながら

セブンスターに火を着けた

すれ違うカップルを見ながら

「この人達はどんな出会い方をしたのだろうか?」と

お節介にも興味が湧いた

世の中不思議な事だらけだな

ちょっとセンチメンタルになりながら

九龍のドアを開けた

「お〜きたね」

「お疲れ様っす」

「お疲れさま」

「ここ座りな」

ヒデキの隣に腰掛けると

すかさず気の利くペコが言う

「なに飲みます?」

「ビールちょうだい」

ハイネケンの瓶を二人に合わせて

グイっと喉に流した

サラリーマンの人達が

「プハー」と言う気持ちが少しわかった

「この前、ブランキー最高でしたね」

「ああ、クールだったな」

「そんなに良かったの?」

「最高でしたよ」

どこで買ったのかわからない

龍が彫刻された

木彫りの額縁に視線を向けながら

「西武園」

「あ?西武園」

「行った事あります?」

「ああ、ガキの頃たまに行ったよ」

「おもしろいんすか?」

「ガキには楽しい所だったけどな」

「豊島園とどっちが良いんですか?」

「そりゃあ豊島園だろ、乗り物の量も質もちげえよ」

「やっぱり」

額縁から視線をヒデキに向けた

「チケットあるんですよ、いります?」

「え?西武園の?いらねえよガキじゃあるまいし」

「ペコは?」

「自分もいらないっすよ、西武園って功希さんの家から近いでしょ?」

「ああ、八坂駅ってところからすぐなんだ」

僕の家の前を走る線路

そう、家を揺らす線路

その線路は西武多摩湖線という

ローカルな線で

僕の家から十分程歩いたところに

多摩湖線の八坂駅がある

普段久米川駅を使っている僕には

あまり用のない駅なのだが

その駅から西武園までは

直通で二駅なのだ

「まさか、おめえ西武園に行きたいの?」

「いや、ちょっと気になる子を誘って行こうと思ったのですが

撃沈しました」

ヒデキとペコが目を合わせて

同時に笑う

「めっちゃうけるじゃんそれ

おめえにもそういう感情があったんだね安心したよ」

「功希さん、ふられたんですか?」

誰かに聞いて欲しかった

ふるさとの大将でも

トモヨシでもなく

いつもイエスと答えてくれる

ペコが僕にとって砂漠のオアシスだったのに

こいつまで大笑いするとは・・・・

「いやあ功希をフルなんて

なんて女だよ」

ニヤニヤしながら

こいつは嫌味ったらしく聞いてくる

「だれなの?」

「アルケミストのキャサリンさんです」

「マジ?」

「はい」

「そりゃフラれるよ

キャサリンって言ったら

この界隈では有名な女じゃんか、俺も何度か会ったことあるけどさ、あの女の影は半端ねえよ.功希なんか

てのひらの上で転がしまくられるだろ」

「いや、まあ」

「もっとさ、学生とかさオーエルのお姉さんとかにしときなよ」

「別に誰でも良いわけじゃないんですよ」

「なんてフラれたの?」

「遊園地興味ないって」

「だってよ、普通ディズニーだろディズニーなんで西武園なんだよ」

「チケット貰ったから・・・・」

「僕、功希さんのそういうところ好きっす」

「うるせえよペコ」

「でもさ、それ別にフラれてねえじゃん遊園地に興味無いって言われただけろ?しかも一緒に行こうって言ってねえじゃん」

「いや、僕にはわかるんですよ

そんな事にかまってる暇ないってオーラ全開に出てました」

「バカだねえ当たって砕けろで

飯でも誘えよ」

「いいんすよ、もう、放っておいてください」

「聞いてもらいたくて来たんだろ?

本当におめえはヒネクレてるねえ」

「功希さん今日は飲みましょうか」

「ああ、浴びるほど飲んでやるよ」

「よし、ペコ.シャンパン開けちゃえ

俺の奢りだ、功希の自称失恋記念に」

「なんか、それ嫌っす」

そう言いながら

そこらへんのワルを束ねているヒデキの優しさに

少し触れた気がした

「トモヨシどうしてんの?」

「ああ、今は地元でバイトしながら

一緒にバンドしてますよ」

「そっかあ、トオルって野郎には本当に気をつけるように

言っとけよ、あとおまえもな」

「そんなにヤバイんですか?」

「ああ、前にも言ったけどよ

あいつはどこかのネジが外れてやがる

例えそのネジを見つけて締め直そうとしても

そのネジをまわそうとするドライバーさえもへし折るような野郎さ」

「難しい例えっすね」

「お前は教養がないからわかんねえんだよ」

「それ、ヒデキさんにだけは言われたくねえっす」

「僕にはわかりますよ」

「そうなの?」

「ああ、ペコはトオルに刺されてるからな」

「え?マジ?」

「揉めた事があって、ボコボコにした後」

後ろから腕刺されました

稲妻のような傷跡を見せながら

「まあ、その後意識飛ばしてやりましたけどね」

「キレてるな、両方とも」

「あまり関わりたくない奴です、蛇みたいに執念深いんで」

グラスのシャンパンの泡を見ながらつぶやくように言った

「俺も嫌だよそんな奴に関わるの」

「どっぷり関わちゃってるよ、おめえもトモヨシも、だからあんまりこの街を一人で歩くなよ」

「わかってます、ペコに守ってもらいますよ」

コブシをペコの肩に軽く当てた

「じゃあ、飲み直そう」

「功希の失恋に」

「だからしつこいですって」

そう言いながら

僕らはグラスを合わせた

泡は相変わらず

上昇しては消えて行った。

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