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ゲンバビト

by 加藤 いさお

第三章 交わる力

第七話 ターニングポイント

「功希さん、やっぱ医者に診てもらったほうがいいっすよ」

「大丈夫だってば、ペコは大袈裟だな」

「縫わないとだめじゃないっすかこれ?」

「やだよ、その方が痛えし」

「じゃあ、これ」

ペコは準備がいい、分厚いガーゼに消毒液をたっぷりつけて、僕の傷口にあてた(手から火が飛び出たのじゃねえか)と感じるくらい熱く激痛が襲った

「大丈夫っすか?」

「嗚呼、余裕だよ」

(やせ我慢とはとても厄介な代物だ)

九龍の扉が開く

主はヒデキだった

「なんだよこれ?どした?」

「功希さんが渋谷の路上で

トオルに斬りつけられたんですよ」

ヒデキの顔色が変わった

ヤバイ時のヒデキを僕はすっかり忘れていた、そうなのだ

ヒデキは(ヤバイ)奴なんだ

「で?功希、トオルは?」

「実は、俺、気が動転して

走って逃げたんですよ」

「おめえが?珍しいな」

「はい、情けないですけど」

僕の手をガシッと持ちながら

ヤバイスイッチが入っているヒデキは真っ直ぐ僕を見て

「これ、縫わないとやべえな」

と呟く

「大丈夫ですよ」

(もしもし、ガミさん連れが怪我したんで今からそっち行って良いですか?

はい、はい、刃物で斬られて血がめっちゃ出てんすよね、ありがとう

じゃあすぐに行かせます)

「おい、ペコすぐにガミさんとこに連れてきな」

「わかりました、功希さん行きましょう」

(なんだよガミさんて?)

そう思いながら

ペコに肩を担がれた

「おい、ペコ、ガミさんに功希預けたら、すぐに戻ってこいよ」

無言で

頷くペコ

嫌な予感がしやがる

(空気)が変わってしまっている

ヒンヤリとした空間は

いつもの和みなんて

ゼロにリセットされて

ヒデキは、ギャングスタのオーラを纏っていた

(これが本来のヒデキの正装なんだ)

ゾクっとしながら

「ヒデキさん、俺なら大丈夫なんで」

と言い終わるまえに

「わかってるよ功希、早く治して乾杯しようぜ」と

おちゃらけるヒデキの目だけは凄みを増していた。

「功希さん早く」

「・・・・ああ」

(ガウン)と重低音を立てて

ファイヤーパターンのアストロが

この凍てつく空気を燃やす勢いで

急発進した

「ガミさんってなんだよ?」

「僕らがお世話になってる病院の先生なんですよ」

「そっか、なんか悪いね」

ペコの口数が少ない

またややこしいことに巻き込んでしまっている事を肌で実感しながら

出てくる言葉が見つからない

無言の世界は残酷だ

互いに牽制し合い

相手が話し出すのを互いに

待っている

その均衡を破るのは

僕の仕事だった

「ペコ、ヒデキさん大丈夫か?」

「ヤバイですね」

「だよな、あの雰囲気」

「わかります?僕らはボスに従うだけですけど、今回はかなり頭にきてますね」

「俺さあ、バンディットでもないんだから、俺の事で揉める事だけは絶対に

避けて欲しいんだよね」

「さっきも言いましたけど、無理ですね、ヒデキさんが動かなかったとしても、僕が動きますよ

それくらいブチ切れてますよ実際」

「じゃあさ、俺が話つけるよ

それで良いだろ?」

「相手はトオルですよ?

話してわかる相手じゃないんですよ

功希さんもあいつの危なさわかったでしょ」

思い出しただけでも(ゾクっ)とする

あの狂った雰囲気

できる事なら一生関わりたくない相手だが、このまま終わる訳が無い

「着きました」

絵に描いたような雑居ビル「こんな場所に病院なんてあんの?」

「ここの二階です」

細い急勾配の階段を登る

ペコのでかい図体なら

すれ違う事すらできない狭さだ

「伊神医院」

磨りガラスに緑色の文字がカッティングされているドアをペコが開ける

「どうした?悪ガキ、また刺されでもしたのかい?」

「ガミさん、ご無沙汰です

僕じゃなくこの人です」

「見ない顔だねえ」

白髪の爺さんは

ジロリと僕を見て

「なんだ、その怪我?」

「斬られました刃物で」

「これは縫わないといけないねえ

動脈ギリギリじゃないか」

「はい、すいません」

なんだか非常に申し訳ない気分になった僕は(ガミさん)に訳もなく謝まった「とりあえずここ座りな」

回転する丸い椅子に腰掛けて

ガーゼを剥がす

「パックリいってるね、とりあえず麻酔打つよ」

「あの、ガミさん用事があるので

僕はお先に失礼します

よろしくお願いします」

「ああ、わかったよ」

「功希さん、終わったら電話ください

迎えにきます」

「ありがとうペコ」

「ちょいと痛いよ」

注射は幾つになっても怖い

小学校の頃に体育館で並んで

予防接種を受けていた

あの(匂い)がした

「なんで斬られたんだい?喧嘩かい?」

「そんな感じです」

「喧嘩で刃物を出すやつは

卑怯だね、そう思わないかい?」

「そうですね」

「怖かっただろう?」

「・・・・・はい」

この爺さんには

全てを見透かされているようで

嘘をつけなかった

「誰だって怖いよ、刃物なんか出されたら、刃物を出すやつは弱い奴さ

ナニカに頼らなければ

自分は勝てない証拠だろ?

そんな奴になっちゃいけねえよ

お前さんも刃物だしたのかい?」

「出してないです」

「そりゃ良かった、じゃあ縫うよう」

麻酔で傷みはないが

身体に針が入っていく感覚が残り

なんとも気分の悪い違和感が

僕を襲う

「こんな事で死んじまったら

お前さんの親御さんは悲しむよ

悪いことは言わねえ

まともに生きな」

(僕もそう思う、いや、ついさっき

そう、決意した、トラブルとは無縁の世界で生きてゆこう)

「さあ終わったよ、三日は風呂に入らないようにな」

包帯でグルグル巻きにされた手を見ながら、「三日もですか?」と

ガミさんを見た

「まあ、スーパーのビニール袋でもまいてりゃ大丈夫だけどよ濡らしたらダメだよ」

「わかりました」

「今日はやめときな」

コクリと頷き

ふと心配になって尋ねた

「あの〜おいくらですか?」

「そうだな、保険証あるかい?」

財布から保険証を取り出し

ガミさんに渡した

「じゃあ、三千円ね」

思ったより高額ではなく

安心した。

「電話するんだろ?」

究極の選択だ

このままペコに電話せずに

ふる里に寄って

大将の美味い生姜焼き定食を食べながら談笑し

安らぎのアパートに帰るか

それとも

ペコに電話して九龍に戻るのか?

少し考えた

「そうですね、電話しなきゃ」

僕はポケットから

シルバーのクールな

電話を取り出した・・・・

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